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かおるこ姫のないしょのはなし

rukohime.exblog.jp

かおるこ姫のないしょばなしです

最近、仕事でも、プライベートでも
なんだかイライラしがちで
何となく気が乗らない


だけど、そんなときに
通りすがりのおばちゃんが
優しく道譲ってくれたり
天神で携帯落としたのに気づかず
宇美まで帰ってきたら
心優しい見知らぬ誰かが
親不孝の交番に携帯届けてくれてて
連絡があったときには

かみさまっているかもしれない
とか思うくらいありがたく
人の優しさが心に染み渡るんです

あー疲れてるんだなって思う
たぶん、寂しいんだなって思う

そんな秋のはじまりです

放置しまくりました
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# by hitomikaoruko | 2012-09-17 21:14 | 日常
別居してる期間と
結婚して一緒に過ごしてた期間が
もうすぐ同じになろうとしてる

長い長い間
いろんなことが起こりながら
過ごしてきたけど

結婚生活6年
別居始めて6年目
本当なら結婚12年にもなるんだ
その中で

あんなに許せなかった気持ちが
薄らいで行って
パパとして夫を認めてあげたいという
不思議な 不思議な気持ちが
芽生えてきた

この前電話で
どうコミュニケーションをとっていいのか
わからないと言ったこと
るるを抱きしめて
ありがとうと言ったこと

元に戻るではなく
3人で (家族)を作っては
いけないかなって考えるようになってきた

未熟かもしれないけど
素直さはるるがそばで
教えてくれる気がする

ママとしていないない部分
パパとしての自覚
それぞれをお互いに
補い合っていけないかって
思うようになって

やっぱりそれは
るるの笑顔を守りたくて
思いついたことです

今年はお互いに
歩み寄れたらいいなぁって
正直には思ってます
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# by hitomikaoruko | 2012-02-27 12:38 | 心の中
あっという間に
今年もあと1か月で終わるみたい

かなり久しぶりに日記を更新して
その間に新しいお仕事にも慣れ
新しい環境が、落ち着く環境に代わってきた

るるは4月から始めたダンスの発表会を終えて
リズム感がいいと先生たちに絶賛されて
週に1回のレッスンを2回にする…かもしれません

一番変わったことといえば
るるがパパに心を開きはじめたこと
これがこれまでの変化で
一番嬉しいことだったかな

あとここでしか公開しないけど
実は女性がん検診というのをうけてみて
ものの見事に(要精密検査)となり
まだよくわからないながら
ガンセンターへ通っていたりします

カテゴリー3ってことなんで
っといってもどういうことなのか
あんまりよくわかってないけど
とりあえず乳がんの検診で引っかかったので
そういうことなんだろうなって思ってます

具体的にどうこうって話にはなっておらず
マンモグラフィーやら触診やらを
くりかえしているわけだけど
一度は大丈夫といわれたのに、わざわざ担当医から
それもものすごく忙しい朝の8時ごろに
もう一度きてくださいなんて言われたら
不安で 不安で潰れそうです

MRIをうければ
もう少し詳しいことがわかるっていうので
チャレンジしてみたものの
入った途端にパニック発作をおこしてMRI
うけられませんでした。・゜・(ノД`)・゜・。

号泣してしまい MRI中止

その後初となる通院が今月の16日
流石にるるは連れてけないかなぁ‥‥
その頃には会社の方もようやく繁忙期過ぎてるし
一日有給とって行ってきます
ちょっとこわいけど

もしも何かが見つかったら
闘わないといけないから
強くあらなきゃなぁと思うよ
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# by hitomikaoruko | 2011-12-01 20:09 | かおるこ
しばらくがたったある日
聞いてみた


「ねぇ やっぱり赤ちゃん欲しいって思ってる?」

夫は静かにうなづいた

東京にいた頃はまだ
20代半ばだったしそれもそうだよね
絶望から立ち直るのは簡単なこと
ではなかったよ

だけど食事をコントロールさえしたら
kaorukoでも赤ちゃんを育んでいけると
わかっていた

そして、なにがなんでも子を授かり
母となり家族となっていくことが
生んであげることができなかった子供たちへの
最大の供養であり、償いなんだって
思うようになってた

それで東京でも、大学病院に通い
食事制限を始めることにした


なかなか上手くいかなくて
嫌になった日もあって
泣きべそかいた日もありました
東京を離れるまでに何度も挫折しそうに
なったけど、福岡に帰る頃には
目標の妊娠可能だと言われる数値まで
あと少しのとこまできてた


福岡に戻ってからは
スパートかけるように
必死で食事制限をして治療食を食べた


もう、母に
お願いだからあきらめてほしいと
言わせたくない

kaorukoにできる償いは
きっと元気な赤ちゃんを産んで
家族3人で幸せになることだって
信じて疑わなかった


だから妊娠可能なとこまで
自分の体をコントロールして
るるを授かったとわかった時の喜びは
ひとしおだった

そうして生まれてきてくれた るる

そもそもなんでこの話を始めたのか
忘れちゃったけどヽ(´o`;
出生6ヶ月でもしかしたら人工呼吸器
つけなきゃダメかもしれない
なんていう大病をしながらも

毎年恒例のようになにかしら
入院しながらも
大きく育ってくれて
とにかくありがとう
きっとkaorukoはそう言いたかった
それで長々書いたんだよね
そういうことにしておこう

これからも
一緒に歩んでこうね
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# by hitomikaoruko | 2011-08-21 21:15 | かおるこ
ipadのエキサイトブログのアプリで
初めての投稿だから、うまくいかない
こともあるかもしれないけど、がんばります♪( ´θ`)ノ♪


こないだの続き‥‥
初めての妊娠‥‥
絶縁中だった母親から
泣いて頼まれた
おねがいだから 今回は諦めてほしいと

持病の治療は万全ではなかった
このまま出産することはかなり危険
たとえ命に別状はなくても
精神薄弱児だったり奇形だったりの
可能性が高い

若干24歳 若さゆえ
病気なんか勢いでどうにかなるなんて
無謀にも思ってた

若かったから
絶対にこの子は産むって
嗚咽して 過呼吸になって
どうやって息したらいいか
忘れちゃうくらい泣いた

今でもあの頃の気持ちは
簡単に思い出せる

初めての堕胎
しばらくは生きていたくなかった
夫は笑わなくなった私のこと
一生懸命笑わせようとしてくれてた

『もう赤ちゃん 産まなくていい?
あんな思いをするのなら
もう妊娠したくない』

そういって夫の前で泣き崩れた

しばらくは、妊娠とか出産とか
考えることもできなくて
ただ、大きく開いた心の傷が
ズキズキ痛くて

避妊を怠ることはなかったんだけど、
そのはずだから、妊娠なんてありえない
って思ってた矢先に2度目の妊娠が発覚

そのときは、治療も何もしてなくて
病気値はグングン上がってて
一縷の望みをたくして血液検査したけど
出産に至れる様な状況ではなかった

しかもその頃夫の転勤が決まってて、
1人で大学病院に入院して堕胎した
その時は、妊娠に気づいたのが遅くて
もう3ヶ月に入ってたから、死産
という扱いになって胎児は焼かれることに

わたしはそこに立ち会うことも
できるんだったけど、
精神的なショックが大きすぎて
それができなかった

大きな荷物抱えて病院を退院した
その足で1人で夫が待つ東京へ発った

そのときにひとつ 大きな決心を固めてた




つづく
(長いな(^_^;)
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# by hitomikaoruko | 2011-06-17 22:22